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水戸地方裁判所 昭和56年(ワ)8号 判決

原告 日産サニー水戸販売株式会社

右代表者代表取締役 柳田茂雄

右訴訟代理人弁護士 会沢連伸

被告 那珂自動車工業株式会社

右代表者代表取締役 小国忠夫

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 小室貴司

同 伊藤文夫

右訴訟復代理人弁護士 遠山秀典

被告 塩野国雄

右訴訟代理人弁護士 萩野谷興

被告 山田光雄

右訴訟代理人弁護士 種田誠

主文

一  被告那珂自動車工業株式会社及び被告小国忠夫は、原告に対し、各自金六〇六万三〇九三円及びこれに対する昭和五六年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告那珂自動車株式会社及び被告小国忠夫との間においては、原告に生じた費用の二分の一を右被告両名の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金六〇六万三〇九三円と、これに対する、被告那珂自動車株式会社(以下「被告会社」という。)及び被告小国忠夫(以下「被告小国」という。)については昭和五六年二月二〇日から、被告塩野国雄(以下「被告塩野」という。)については同年一月一五日から、被告山田光雄(以下「被告山田」という。)については同月二五日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告会社に対し、別表一のとおり自動車を、別表二のとおり自動車部品を、それぞれ売り渡し、合計六〇六万三〇九三円の代金債権(別表一の諸雑費も、以下便宜「代金」に含ませる。)を有する(以下、右売買を「本件売買」という。)。

2  被告小国は被告会社の代表取締役、被告塩野及び被告山田はいずれも被告会社の取締役である(いずれも昭和五三年一二月六日就任、同月七日登記)。

3(一)  被告会社は、昭和三六年一〇月創業の被告小国の個人営業を承継して、昭和四〇年六月設立され、自動車販売修理業を営み、那珂町農業協同組合との提携などによる積極的営業で逐年業績を拡大し、売上年商三億六〇〇〇万円に達するに至った。

(二) ところが、昭和五三年八月、秋山自動車商会の倒産による融通手形の失敗により、多額の不良債権が生じ、資金繰りに行きづまった。その結果、自動車の原価割れ販売等の不健全経営を重ねた。そして、昭和五五年三月、中古車販売提携をしてきた那珂町農業協同組合等からも見放され、売上げが急速に低下し、支え切れず、同年一〇月一〇日、代表者である被告小国は、家族と共に行方不明となった。ここに、被告会社は、負債総額三億円を残して事実上倒産し、今後の再建の見通しは全くなく、原告の被告会社に対する本件売買代金の回収も不能となった。

原告と被告会社との本件売買は、右の倒産の数か月前から直前までにされたもので、被告会社の代表取締役である被告小国は、被告会社に対する金融機関の援助が打ち切られ、かつ、負債の増加に伴い、代金弁済の見通しがないのに、買い入れた自動車を原価以下に売却するなどして一時のまにあわせとするために本件売買を行ったもので、詐欺的取引というべきである。

《以下事実省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求の原因1の事実が認められる。

右事実によれば、原告は、被告会社に対し、本件売買代金六〇六万三〇九三円とこれに対する被告会社への本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。

二  請求の原因2及び同3(一)の各事実並びに同3(二)中の被告会社が昭和五五年一〇月一〇日ごろ倒産した事実は、原告と被告小国との間では争いがない。

そこで、被告小国の被告会社代表取締役としての責任について検討する。

(一)  原告は、融通手形の失敗をしたこと、被告会社が自動車の原価割れ販売をしたこと、代金弁済の見通しもないのに原告との間に本件売買を行ったことを主張するが、証人山田常男の証言は右各事実を証するには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえって、右証言によれば、被告会社は、少なくとも原告から買い入れた自動車については、原価以下で販売したことはないこと、本件売買に係る自動車については、いずれも、売買の時点で既に被告会社から販売する相手方(ユーザー)が決まっていたことが認められる。これらの事実をみても、原告の主張するような不健全な経営がされたことや本件売買が行われた時点で既に代金支払いの見通しがなかったものと断定することはできない。そうすると、被告会社の倒産の原因が原告主張のようなものであったと認めることは困難である。

(二)  《証拠省略》によれば、被告小国は、昭和五五年一〇月一〇日、いわゆる夜逃げをし、以来今日に至るまでその所在を隠し、被告会社の経営を一切放置していることが認められる。また、《証拠省略》によれば、同日は被告会社が原告に宛てて振り出した約束手形五通額面合計三三三万四八〇〇円の支払期日であり、これらはいずれも同月一一日資金不足を理由に不渡りとなったことが認められる。右事実によれば、被告小国は、右手形の決済ができないことを知って、その責任追及を免れるため逃亡したものであり、右手形不渡りにより被告小国が事実上倒産するに至ったものと推認される。右のような資金不足を招来するに至った経緯及び原因は、本件証拠上、明らかでないが、右認定の事実によれば、少なくとも代表取締役たる被告小国が、被告会社の営業継続のための最後の経営努力を放棄して逃亡した結果、被告会社の倒産が確定したというべきであるから、特段の事情のない限り、被告小国は、悪意により代表取締役としての任務を怠り、これにより被告会社の倒産を招いたものとして、右倒産により原告の受けた損害を賠償する責任があると認めるのが相当である。そして、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

(三)  そこで、被告会社の倒産により原告の受けた損害について案ずるに、弁論の全趣旨によれば、原告の被告会社に対する本件売買の代金債権合計六〇六万三〇九三円は、右倒産により事実上その回収が不可能又は著しく困難になったものと認められるから、原告は右同額の損害を受けたものということができる。

したがって、原告は、被告小国に対し、商法第二六六条ノ三に基づき、右損害金六〇六万三〇九三円とこれに対する同被告への本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年二月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。

三  次に、被告塩野及び被告山田の責任について検討する。

(一)  右被告両名は被告会社の取締役であることを否認しているので、まず被告山田について判断する。

(1)  被告山田が昭和五三年一二月六日被告会社の取締役に就任した旨の登記が、同月七日にされていることは、原告と被告山田との間において争いがない。

(2)  《証拠省略》によれば、前記登記手続に用いられた被告会社の株主総会議事録と題する書面に、被告山田の実印が使用されたことが認められる。

(3)  《証拠省略》によれば、被告山田は昭和四九年一一月にも被告会社の取締役に就任した旨の登記がされたことが認められる。

(4)  《証拠省略》によれば、同被告と被告小国とは、被告山田の妹が被告小国の妻であるという姻族関係にあり、被告山田は、その妹を通しての被告小国の依頼により、被告会社の設立に際して出資をして株主となったほか、被告会社の金融機関からの五〇〇万円程度の借入れのため保証人になったことが、昭和五三年一二月から昭和五四年にかけて二、三回あったことが認められる。

右の(1)ないし(4)の各事実を総合すると、被告山田の昭和五三年一二月の被告会社の取締役への就任登記は、五〇〇万円程度の借入れの保証にまで応じて被告会社の経営に協力的であった被告山田に全く無断で、被告小国がほしいままにこれを行ったものと認めるのは不自然であり、被告山田の承諾の下にされたものと推認するのが適当である。《証拠判断省略》

なお、《証拠省略》中では、右登記のころ被告山田が被告小国に対し被告会社の借入れの保証のために実印を交付したことはあるが、取締役就任の手続のため実印を交付したことはないとされているが、右本人尋問の結果では、右実印の交付は昭和五三年一二月七日又は八日に行われた被告小国の兄秀松の葬儀の後日であるとされており、《証拠省略》によれば、右葬儀が行われたのは同月八日であることが認められ、一方前記取締役就任登記は同月七日に行われており、その手続のために被告山田の実印が使用されたことが認められるのであるから、右の点においても、被告山田の弁解は成り立たない。そして、前記(2)の事実からは、反証のない限り右登記手続に用いられた株主総会議事録に押捺された被告山田の印章は同被告の意思に基づくものと事実上推定すべきであり、したがって、同被告作成部分は真正に成立したものと推定されるから、右登記が同被告の承諾の下にされたという前記認定は、右(2)の事実のみでもこれを肯認しうる。

ところで、《証拠省略》によれば、被告会社が株主総会を正規の手続により開催したことは一度もないことが認められるから、被告山田が被告会社の取締役に就任したといいうるかは問題であるが、少なくとも被告山田は被告会社の取締役として登記されることを承諾していたものであるから、商法第一四条の類推適用により、善意の第三者に対しては取締役としての責任を負うものというべきである。

(二)  次に同様にして被告塩野について案ずる。

(1)  被告塩野が昭和五三年一二月六日被告会社の取締役に就任した旨の登記が、同月七日されていることは、原告と被告塩野との間において争いがない。

(2)  《証拠省略》によれば、前記登記手続に用いられた被告会社の株主総会議事録と題する書面に、被告塩野の実印が使用されたことが認められる。

(3)  《証拠省略》によれば、同被告と被告小国とは又従兄弟の関係にあり、幼いときから親しく、また同業者であったこともあって、被告会社の倒産の直前まで、週一回位は会っていたことが認められる。

(4)  《証拠省略》によれば、被告塩野は、昭和五三年一二月一一日、被告小国の依頼により、勝田信用組合に対し被告会社のため六〇〇〇万円を限度とする連帯保証をしたこと、その六、七年前にも被告会社の借入れのため保証をしたことがあることが認められる。

右(1)ないし(4)の各事実を総合すると、被告小国が被告塩野の承諾を得ないで被告会社の取締役の就任登記をしたと認めるのはやはり不自然であり、右登記は被告塩野の承諾の下にされたものと推認するのが適当である。《証拠判断省略》

そして、被告山田について前述したのと同様、被告塩野が正式に被告会社の取締役に選任されたといいうるかは疑問であるが、少なくとも善意の第三者に対しては、取締役としての責任を負うものと認められる。

(三)  そこで、被告塩野及び被告山田の被告会社の取締役としての任務懈怠の有無について検討を進める。

原告の主張によれば、右被告両名の任務懈怠の内容は、被告会社の経営の一切を被告小国に任せ切りにしたため、同被告の不健全経営を放置し、代金支払の見込みのない本件売買につき監視しなかったというにある。しかし、被告小国が原告の主張するような自動車の原価割れ販売等という不健全経営をしたことや本件売買が行われた時点で既に代金支払の見込みがなかったことは、前記のとおり、これを認めることができない。そして、前記のとおり、被告会社が資金不足に陥って倒産したことは事実であるが、右資金不足を招来するに至った経緯及び原因を確定することはできず、ただ、昭和五五年一〇月一一日の時点において資金不足に陥っていたこと及び被告小国がその前日から逃亡していたことが認められるにとどまる。ところで、《証拠省略》によれば、右被告両名は一切被告会社の業務に携わることがなかったことが認められるところ、そのこと自体は、取締役としての任務を怠るものといわざるをえない。しかしながら、業務執行を委ねられている代表取締役である被告小国が、ことさら放漫な経営をしたものとも、詐欺的取引をしたとも断定できないうえに、被告会社の振り出した約束手形の支払期日に資金の手当てをしないまま突然逃亡して経営を放棄し、右手形が不渡りになったため被告会社が倒産するに至ったというのであるから、業務に直接携わっていなかった取締役は、代表取締役の突然の逃亡及び手形の不渡り、ひいては被告会社の倒産を防止しえたものと速断することはできない。したがって、被告塩野及び被告山田が、被告会社の経営を代表取締役である被告小国に任せ切りにしていた一事をもって、悪意又は重過失により取締役としての任務を怠ったことにより被告会社の倒産を招き、これにより第三者に損害を与えたものと認めることはできないというべきである。そして、他に被告塩野及び被告山田が商法第二六六条ノ三の責任を負うことを肯認するに足りる資料はない(なお、被告会社が文書提出の命令に従わず、被告小国が本人尋問のため出頭しなかったことからは、これらの被告との関係において原告の主張を真実と認める余地はあるが、被告塩野及び被告山田との関係においてまで原告の主張を真実と認めることはできない。)。

四  以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告会社及び被告小国に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告塩野及び被告山田に対する請求は理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文の規定を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋寛明)

〈以下省略〉

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